うにしてあげましょう。」
然し、それきり音沙汰がなかった。
星野はなお二三の中国人に尋ねてみたが、要領を得なかった。
つまり秦啓源は、日本側にも、また中国側にも、一部の人々にはよく知られているが、大部分には知られていなかった。その上彼は、何か故意に姿を晦ましているらしくもあった。星野は少し忌々しく思った。次には、いつとなく彼のことを忘れかけてきた。
星野は忙しかった。上海と南京とを股にかけて、各方面に日程がぎっしりつまっていた。文学を中心として文化一般に亘り、いろいろな会合や調査などに、毎日飛び廻っていた。忙忽のうちに日々は過ぎて、予定一ヶ月は終り、あと数日で日本へ帰ることになった。
ぽつぽつ、帰途の荷物を整理しながら、星野はまた、秦啓源のことを思い出すのだ。そしてもう、思い出すことは、星野の性情として、何故彼に逢いたかったかを反省してみる方へ傾むいていた。
秦啓源は以前、東京に長らくいたことがある。中国大使館付の通訳官とかいう話であったが、誰も彼が通訳などしているのを見たことはない。それより彼は、文学者仲間に詩人として知られていた。日本語の長詩も数篇発表した。茫洋とした詩
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