西路の秦の住居は、アルカヂアからさほど遠くない。三輪車で行けば間もなくだ。
 客間は至って簡素なもので、目を惹く華美なものを殊更に避け、重厚な器具類のみが恐らくは必要以上に備えてある。楊さんは煙草に火をつけてくれ、茶を運んでくれたが、やがて渋い色の三つの器に莫大な量を盛りあげた饅頭が出てきた。
「こんなに沢山、誰が食うのかね。」と私は言った。
「これがいつもの癖なんだ。」と秦は笑った。
 楊州名物の饅頭で、豚肉と蟹と※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]との三種になっている。丹永はまたふしぎにこれが好きで、他に食事をとらなくてもこれだけで過す日もあるとかいう。自慢ほどあって味もよく舌ざわりもよい。ウォートカを飲みすぎたあと、この甘っぽい饅頭は殊にうまかった。それは腹をふくらすと共に、アルコール分を落着かせ、話題を少くさした。
 そのところへ、意外にも、柳丹永が出て来たのである。私のつもりでは、饅頭が主で、見舞は従であり、しかも、どうせ丹永の室に行けるわけではなく、見舞の言葉だけを置いて帰るつもりだった。それが、先方から出て来たのだ。
 寝間着の上にはおったらしい紫ビロ
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