れからはあの霊界のことだ。あまり概略的な言い方だけれど、神秘を失うことは精神を失うことだと僕は思っている。キリスト教も、マホメット教も、予言者が出現しなくなってからは堕落した。仏教も、真如探求から衆生済度へ転向してから低俗になった。日本のあのみそぎ修業は――これは君の方がよく知ってる筈だが――神の世界を持ち続けてる間しか、生きた生命はなかろう。神秘、奇蹟、霊界……現代人の知性では理解出来難い何物か、それを失う時には、人間の高い精神も滅びてしまう。と言って、僕は霊界の存在を信ずるのではない。それは信じないが、然し、右の理論だけは確信している。そしてこれがまた東洋の信念なのだ。」
こうなってくると、彼は信念の上に現実を構築して、言葉は広汎な天空を翔けめぐる。丹永のことなどは忘れられてしまった。が然し、神秘の論を私と暫く闘わした後に、彼はふと丹永のことを思い出したのである。
「ちょっと、見舞に寄ってくれ。あれは喜ぶよ。饅頭を御馳走しよう。」
丹永と饅頭との間に、私は眼をしばたたいた。然し実際のところ、丹永は軽い脳貧血で寝ている筈だったし、また楊さん手製の饅頭は彼女の自慢でもあった。
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