それから、張浩への加害者は仲毅生であることをやがて探知した。仲毅生といえば、上海では青※[#「邦/巾」、第4水準2−8−86]《チンパン》のうちに可なり顔の売れてる男であるし、張浩ももとはその仲間だったのだ。そして一ヶ月ばかり後、秦啓源の腹心の部下たる陳振東の手によって、仲毅生へは特殊な復讐が行なわれたのである。
「遂に機会が押しかけて来た。」と秦は私に言って、複雑な微笑を浮べた。
 その言葉には、なにか冷りとする気味合があった。私はいろいろ推測して、張浩に関することであろうかと思ったが、実はそんな単純なものではなかったことを、今では理解している。
 その日、私は松崎の事務所で碁を打っていた。訪ねて来た男があるというので、廊下に出てみると、楊さんだった。普通に楊さんと呼ばれている六十年配のこの男は、秦啓源の愛人柳丹永のもとで、その保護者と従僕と料理人とをかねたような妙な地位にあった。狡猾なのか朴訥なのか分らぬ人物で、日本語も英語も可なり正確に話したが、決して長い文句は口にしなかった。
 その楊さんは私を見ると秦啓源に至急逢いたいと言った。秦が今どこに居るかは私にも分らなかった。
 楊さ
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