の裏町の薄暗がりで仲毅生を襲撃し、その左の耳を根本から削ぎ取ってしまった。
この陳振東の心理の動きや仲毅生襲撃事件は、小説的に叙述すれば大変面白い物語になる。然しそれはこの物語の主題と大して関係ないから止めよう。
さて柳丹永のことだが、彼女は午後の陽ざしを浴びて、中庭へ出る石段の上に佇み、数株の落葉樹の植込みを無心に眺めているうち、突然大声で言った。
「血の色見ゆ、血の色見ゆ。」
その言葉を彼女は意識して、恐怖に打たれ、室に戻ろうと振向いた。そこに、楊さんが、驚いて目を見張り口をあけて立っていた。
その腕に丹永はすがりついた。身体がひどく違和の感じだった。
楊さんに援けられてベッドに就いた。
楊さんは張浩の時の予兆も知っていただけに、少しく慌てたのである。私もそれを聞いて、ちと肌寒い思いをした。
然し、今になってみると、この時の丹永の霊感は何を指示するものだったか明かでない。仲毅生が耳を削がれたのはその前日のことであったし、また、その翌々日には彼女自身が喀血した。
夕景にはまだ少し間がある頃、秦啓源から私のところへ電話がかかってきた。――一緒に飯でも食べたいからこちら
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