の鼻をついてきた。香水の香りに何かの香りが交ったもので、私はその方にも気を取られた。――後で分ったことだが、彼女は軽い眩暈におそわれてベッドに就く時、いつも、コティーの香水をやたらにふりまかせ、白檀香をやたらに焚かせて、その緩急混合の芳香の中に浸るのだった。秦はこのことからして、彼女の所謂脳貧血は、病的症状ではなくて神経的現象だと、簡単に解決していたのである。
彼女の顔の肉は、私が居る間じゅう一度もほぐれなかった。彼女から来る芳香も薄らがなかった。
やがて秦は彼女を連れだし、暫く待たせたあとで、熱い茶を運んでくる楊さんと共に戻って来たが、私は間もなく辞し去った。私の宿ブロードウェー・マンションまではかなり遠く、自動車で送って貰った。
自動車のなかで私は、今見たばかりの夢のような生々しさで、丹永の顔を見ていたし、その香料を嗅いでいた。
そうした彼女の、精神的というよりも寧ろ神経的な存在が、時として霊界の言葉を伝えたのである。
或る時彼女は、友の母親の病気見舞に行き、友と二人で客間にいる時、ふとした沈黙のさなかに、天井を仰いで大声で言った。
「死臭あり、死臭あり。」
彼女はは
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