く。男は無関心な足取りで、すたすたと歩き続ける。縞目も色合も分らない弊衣を一枚まとって、伸びるに任した蓬髪の頭には、帽子も被らないでいる。前方をじっと見据えた眼には、云い知れぬ獰猛な色が浮んでいる。もし誰かに出逢ったならば、うむを云わさず力の限りに、抱き緊めるか或は殴りつけるか、どちらかをしそうな眼色である。
 そういう眼付で彼は、前方の何物を見つめているのか? それは、眩しい大空の光と、陽炎の立つ大地の温気と、凋びた草木の色褪せた匂いとが、一つに融け合って茫とした靄を作ってるあたりをである。その地平線のあたりに、人の心を誘う何物かが潜んでいる。光と炎熱とのこの天地の熔爐は、其処にただ一つの出口を持ってるかのようである。蓬髪の男はその一つの出口へ向って、獰猛な眼を見据えながら、狂人の足取りで、真直な街道を辿ってゆく。
 果して其処が、天地の広大な熔爐の出口である。其処から、静に静に空気が流れ込んでくる。その空気の流れに乗って、白い一団の雲が頭を覗かせる。それが見る見るうちに大きくつっ立って、やがて天空を蔽い初める。広さと深さとの測り知られぬ鬱積した密雲で、頂辺に白銀の光を載せながら、影
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