に闇黒な鬼気を蔵して、中天に翔り上ってくる。地平線の彼方に巨大な根を据えてる、そういう密雲の幾群かが、先を争って太陽に襲いかかる。太陽の光の波の下に、頭を押えつけられながらも、胴体からむくむくと脹れ上って来て、また昂然と無数の頭をもたげ、傲然たる勢に駈られて、互に衝突し融け合い反撥し合い、天と地とにのしかかってくる。その威圧の下に、万物は一堪りもなく靡かせられる。空気の流れが次第に強くなり、息をついてはさっと地面を掠め過ぎる。
弊衣の男は、蓬髪を風に吹かせながら、恐れる気色もなく顔を挙げて、光の波と雲の層との闘いを眺める。その眼は没表情な白目となって、酔い痴れたような眼付になる。そして彼の頬は弛んできて、口を大きく開きざまに、呆けた高笑いが喉から飛び出してくる。なま温い風が、その哄笑を野末に吹き払ってしまうけれど、後から後からと哄笑は起ってくる。彼は何を笑い続けてるのか? 恐らく彼自身でも知らないだろう。それは全く物に憑かれた狂人の空洞な笑いである。
と俄に、彼の哄笑とそれを吹き払う風とが、息を切ったようにはたと止む。雲の頭が太陽を蔽い隠して、墨を流したような闇黒が空の大半を占領し
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