真夏の幻影
豊島与志雄

 広々とした平野である。はてしもなく続いてる荒地の中に、狭い耕作地が散在し、粗らな木立や灌木の茂みも所々に見え、その間を、一筋の街道が真直に続いている。誰の手に成った耕作地か? 誰が通るための街道か? 見渡す限り、農家の部落もなく、道行く人の影もない。そしてそれらの上に、澄みきった大空が、円く蔽い被さっている。大空の真中に、白熱した大きな太陽が懸っている。太陽から発散するぎらぎらした光が、空と地とに一杯漲っている。凡てのものがじりじりと蒸されてゆく。大空の円天井に閉じ籠られてる空間は、電球の内部のように、干乾び窒息して小揺ぎだにしない。大地は暑苦しさに喘いでいる。耕作地は陽炎の息を吐き、草原は凋びきって色褪せた匂いを立て、樹木の葉は力無げに垂れ下り、街道は白い埃に埋っている。そして何物をも焼きつくさんとする炎熱が、凡ての上に力一杯にのしかかっている。そよとの風もない。
 やがて、街道の上に、背の高い一人の男の姿が、何処からともなく、いつのまにか、幻のように現われてくる。擦れ切れた草履をはいて、すたすたと歩いている。歩毎にぱっと舞い上る埃が、またすぐ静に消えてゆ
次へ
全6ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング