そこには、脂ぎって肥満した、多少愚鈍な慷慨悲憤癖のある男が寝ている。その寝床の下に六人の者が駆け込んで、寝間着のまま一団となる。押し合い抱き合いうようよして……。
然し、大地震なんか全く千載一遇だから、滅多にあるものではない。とは云え、ないとも限らない。大気の淀んだ、むーっとする春の夜である。恐らく月の色まで変ってるかも知れない。
和田弁太郎は、仰向の次には右を下にして寝るのが衛生的だと聞いていた。それをむりに、隣りの寝台を鼻先から避けるために、左を下にして寝るのである。そのせいか、猶一層変に寝苦しい。
誰かがむにゃむにゃと口の中で寝言をいう。鼾の音が起ったり消えたりする。またカフェーで酒をのんできた奴だろう。足をばたりとさせる者がある。電車にも乗らずに徒歩通学をしてる苦学生だろう。そして至るところに、低い単調な、而も天井まで室一杯拡がろうとするかのような、永遠の寝息の音……。
室の中のむーっとした空気が、六人の男の口から、幾度交る代る吐き出され吸いこまれてることだろう。然し窓を開け放すことは厳禁されている。戸外の新鮮な夜気は睡眠者の喉を害するそうである。
和田弁太郎は起き上
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