、力無い声の調子だった。
 十二年の大地震に痛んだままの古い建物である。塗り直した壁にもまだ隙間があり、柱は心持ち曲っている。眼に見えない肝心のところ、柱や梁の※[#「木+吶のつくり」、第3水準1−85−54]《ほぞ》はゆるんでるに違いない。死なば皆諸共、一度にぐしゃりと潰れるまでである。
 言葉が途切れて、どこからか犬の遠吠が聞える。しいんとして蒸暑い。
 そのうちに、ひょいと一人が寝台から滑り出て、黙って出て行こうとする。
「おい待てよ、僕も行くから。」
「うむ。」
 それきり誰も何とも云わない。二人が便所から戻ってきても、誰も何とも云わない。ぐっすり眠ってしまう。
 狭い室内で、息と息とが交り合って、朝の六時まで雑居である。
 けれど、そういうことが二三度あると、昼間意識のはっきりしてる時に、誰かが、死なば諸共の具体的な提議をした。夜中に大地震があったら、真中の寝台の下にもぐり込むこと、そしてなお余裕があったら、左列の真中のから右列の真中のに這い込んで、六人一つ処にかたまること。
 和田弁太郎の寝台は、一番端の窓際にあった。だが、皆が這い込む筈の寝台は、すぐ右側の隣りだった。
 
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