きれと、無数に立迷ってる肉眼的なまた顕微鏡的な埃。その中に、六人の男が密閉されて、八時間眠るのである。八時間――四百八十分――六人。血気盛んな肉体の汚気が、約一万回排出される。
 むーっとして、重々しく濁り淀んでいる。
 そういう寝室が二階に三つ並んでいる。和田弁太郎のは、不幸にもその真中の室である。だから、彼が夜中に、夢現《ゆめうつつ》の熱っぽい気持で、ふっと眼を覚すと、その寝室の不潔な鬱陶しい蒸部屋の感じが、壁越しに左右へ伸び拡がり、或る巨大な重苦しさとなって、彼の上へのしかかってくる。そして彼は眠れなくなる。幾度も寝返りをする。がどちらを向いても、すぐそこに、手を伸せば届くところに、仲間の男が寝ている。
 二百何十里かの遠い郷里から、身体と一緒にその寄宿舎に運ばれて、一度も洗濯されたことのない布団である。いくら日に干しても湿っぽく汚れている。その襟から、喉仏を露わにぬっと首がのびて、首の先の固い重い大きな頭が、枕にずっしりとのっかっている。触れたら汗か脂かでねちねちしそうな額に、毛髪が縮れ絡んでいる。布団を被っていたのが、息苦しいために伸び出たものらしい。だがいくら伸び出ても、密
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