のを、むりに踏みこたえる。
「キスくらいが何だい、下らない。」
 一同の間にちらちらと目配せが行き渡る。
「ほう、和田にしちゃあ驚いたな。キスくらいが何だい、下らない……か。そこが、プラトニックの、その……。」
「いいさ、ねえ、」と一人がお喜代に言葉を向ける、「キスくらいが何だい、下らない……。」
「ええそうよ。」
 これはまたきっぱりとしている。余りにきっぱりとしているので、誰も一寸口を出さない。
 煙草の煙と酔っ払った人いきれとで、もうっとした春の夜である。しいんとなったとたんだけが底寒くて、後はむしむしとする。
「そうさ。」
 プラトニックに対して時置いて応えたのが、お喜代に応えた形になって、和田弁太郎は一寸ためらう。
「ねえ[#「ねえ」は底本では「えね」]。」
 言葉の受け答えが、そのまま咄嗟の気持になってゆく。
「うむ。僕と君と、ここで皆に証明してやろう。」
 つかつかと歩み寄ると、彼女はじっと身動きもしない。その肩を捉えて、唇を頬に持ってゆく。それから我を忘れて、唇の上に……。
 一同は気を呑まれて、息をつめている。和田弁太郎も茫然とつっ立ってしまう。お喜代が一人、くくくく
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