活に対する嫌悪や、お梅の苦々《にがにが》しい面も誘惑的な追想や、女学生の歌をききながら夢想する空漠たる憧憬や、其他いろんなものが重なり合って、いっそもっともぐってやれ、自分自身を泥の中につき落してやれ、とそういった突発的な気持になることがある。そういう時彼は、戦闘的な気勢で、皆に交ってカフェーへ行く。
それは、彼等貧しい寄宿学生にふさわしいカフェーだった。天井の低い室に古ぼけた木の卓子、そして、安くて豊富な料理も出来る。その上、お喜代という女給がいる。
顔立は一寸整っているが、皮膚のまのびた女である。ひどく肥満していたのが、皮膚はそのままで中の肉だけしぼみ落ちたかのように、肉附に妙にしまりがない。だから頬辺ばかりを眺めると、二十歳以下なのが二十五六歳にも見える。然し唇と※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]とだけは、みっちり実《み》がはいっている。
或る朝、誰かがカフェーの前を通りかかった時、彼女は丁度掃除を初めていたが、田舎の女がするように、着物の後ろ襟にハンケチをさしはさんで、襟垢を防いでいた。それが彼女によく似合っていた。発見者は喜んだ。伝え聞いた一同も喜んだ。皆田舎出
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