な
…………………
[#ここで字下げ終わり]
清らかな涼しい声が日光に震えて、庭の樹々の若葉に滑っている窓から見ると、その樹々の梢の方だけが宙に浮いて、柔かな青空に懐かれている。
空には、霞ともつかない薄雲がゆったりとかかっている。見つめているといつしか消えて、青々とした深い大空の肌がじかに感ぜられる。日の光が強くなる。若葉が光ってくる。
若葉の光りに、和田弁太郎は咽せ返る。椿の固い葉までが光ってくる……。
大きな椿、その真黒な実、それを竿の先で叩き落すのである。お梅がはちきれそうな笑顔をしている。椿の実を叩き潰して、その汁で髪を洗うと、毛に艶が出る、とそんなことを云う。竿をもてあつかって、汗ばんだ額を拭きながら、あたりを窺う。誰もいない。お梅が一人、眼の前で笑っている。
何という強健な、だが、息苦しい……抱擁だろう。そんなことを和田弁太郎は追想する……休暇の終りの僅かな日数、それから出発。お梅は今もやはり家で働いているかしら……。彼女は恐らく手紙も書けまい。こちらからも手紙は出せない。そしてもうあれきりのことだ。何という強健な、だが、息苦しい……。
そこで和田弁太郎は眉
前へ
次へ
全23ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング