け頃、太鼓など叩いているのか。気紛れなばかりでなく、その音は人をばかにしたものだった。ドン、ドン、ドン、ドン……いつまで単調に続くのか。山田はもう眠れなくなることがあった。それでもなかなか寝床から起き上りはしなかった。
美津子は小首を傾げて考えた。
「そんな、馬の足音だの、太鼓の音だの、わたしは聞いたことがありませんわ。」
「それはあなたが寝坊だからでしょう。」
「あら、わたし、あなたより眼ざとい方じゃありませんか。」
「それでは、鈍感だからでしょう。」
彼女はじっと山田を眺めて、真剣な眼付きになった。
「あなた、この頃、どうかなすったんじゃありませんの。なんだか、神経衰弱の気味みたいで、心配だわ。」
「神経衰弱か……。」
山田はゆっくり繰り返して大きく欠伸をした。眼に涙が滲んだ。
「ね、はっきり言って下さらない。わたしと一緒にいると、退屈なさるんでしょう。」
「どうしてですか。」
「それをお聞きしてるんじゃありませんか。きっと、わたしはあなたにとって、退屈な女なんでしょう。」
「いや、ちっとも退屈しませんよ。第一……いつもいつも、ちょっと来いだから。」
美津子は眼尻で笑った。
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