「そのくせ、わたしがお呼びしなければ、御自分からいらっしゃるのは、どういうことですの。」
「自分で退屈してるから、来てみるんでしょう。」
「退屈なすってるから……。では、愛情ではないのね。」
「いや、愛情に退屈してるのかも知れません。」
「そんなら、どうすればいいの、わたしたち。」
「このままでいいんです。ただ、も少し勉強しましょう。」
それを考えると、山田は憂欝になった。美津子も憂欝な眼色になった。
同じ学校に勤めてる同僚として、二人は愛し合ったのである。道徳堅固を旨とする師範出の教師が少くなってる現在では、そのことはまあ構わないとしても、なんだかすっきりしない気持ちがあった。仲間うちにも薄々は知れ渡っていた。だが、勉強、勉強、手を取り合って勉強しよう。それが最初の誓いだった。山田にも美津子にも、大きな研究のテーマがあった。春の休みになって、暇な時間も多くなった。然しそれらのこと、すべて、ちょっと来いの影で蔽われてしまったのだ。
影の中から、いろんな物音が聞えてくる。天井裏に、ギーイ、ギーイと、風の音がする。夜中の街路に、こっとりこっとりと、駄馬の歩く足音がする。どこか近くに
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