りと開いて、こっとりこっとり歩いてゆく。
それを何度も山田は聞いた。枕の上で耳を澄ましていると、馬の足音はやがて遠ざかり、深い夜陰の彼方に没してしまい、山田も蒲団の中に頭を埋める。そして朝になって、思い出してみても、それが果して現実だったのか、夢だったのか判然としなかった。然しいずれにしても、心にはっきり残ってることに違いはなかった。
これに比べると、太鼓の音はもっと明瞭だった。もう仄白く夜が明けかかる頃、太鼓の音が響いてきた。近くの神社からであろうか、個人の邸宅からであろうか、どこからか、太鼓の音が枕に通ってくるのである。初めはゆるやかに、ドーン、ドーンと、それから次第に急に、ドン、ドン、ドン、ドン……いつまでも単調に続く。
最初聞いた時、山田は自分の空耳かと疑った。然し度重なるにつれて、確かに太鼓の音だということが分り、その確かさのため却って気に留めず、また眠りにはいった。それでも時折、眼を覚して聞いた。毎日のことではなく、日を置いて聞くと、太鼓の音は如何にも気紛れなものに思えた。最も確実な夜行列車の音も、時折に聞けば、気紛れなものに思えるのだ。いったい誰が、何のために、夜明
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