がようだった。額の小皺に汗をにじませてることがあり、夜は寝汗をかくことがあると打ち明けた。
「医者に診てもらいなさいよ。」
「大丈夫……。気候のせいでしょう。」
「それとも、天井裏の怪しい音のせいかも知れない。」
 その怪しい音ばかりでなく、山田はほかの物音にも、気を惹かれていた。それは、美津子のところにいる時よりも、自宅にいる時のことが多かった。
 夜陰深更、時として、表の街路に、馬蹄の音が聞えた。ふと眼を覚して耳を傾けると、たしかに馬の足音だった。それも、騎馬の威勢よい速足ではない。何か重い車でも引いて、遠い道を疲れながらこっとりこっとり歩いてる音だ。
 交通に便利な街道筋なら、夜中でも、トラックが走り、荷馬車が通うこともある。然しこの辺の街路は、日が暮れると共にひっそりしてしまい、朝日がだいぶ昇るまで大きな物は通らない。地の利が悪いのだ。それなのに、三更を過ぎた深夜、重い車を引いた馬が、こっとりこっとり歩いてゆくのだった。いったい、どういう荷物を引いてるのであろうか。何処から来て、何処へ行くのであろうか。敷石の上に蹄鉄の火花を散らすこともなく、もう疲れきって頭を垂れ、眼をしょんぼ
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