て、あんなところで音がするのは、たしかにへんですよ。」
 美津子は眼尻で笑った。
「手を見せてごらんなさい。」
「手……。」
「それ、いつかの……。」
「もういいんです。」
「なおりましたでしょう。天井の音だって、いまになおりますよ。」
 彼女は山田の手を執って、その手首を見調べた。もうどこにも斑点はなかった。先日まで、そこに紫色の斑点が二つあったのだ。それを見つけた時、山田はいやな気持ちになった。紫斑病という言葉を聞きかじっていたので、斑点を仔細に調べ、それから腕や腿をめくって眺め、風呂にはいる時にも体のあちこちを眺めた。どこにも紫色の斑点はなかった。ただ手首に二つだけ。物にぶっつけた記憶もなかったし、虫に刺された覚えもなかった。
 そして美津子に逢った時、彼女はいきなり彼の手首を見た。
「あ、御免なさい。」
 山田には何のことか分らなかったが、言われてみて思い出した。
 美津子と酒を飲んでいて、もうだいぶ酔っ払ってた時のことだ。小母さんの娘の正子が、動物づくし、魚づくし、昆虫づくしなど、きれいな絵本を持って来て見せた。
「おばちゃんに買ってもらったの。」
 おばちゃんとは美津子のこ
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