その他いろんな美しい玉のついた、種々の髪の道具を持っていた。彼はそれをそっと盗み出して隠しておいた。母は大騒ぎを初めた。漸く髪の道具は袋戸棚の中から見付ったが、彼は素知らぬ顔をしていた。そして翌日またその悪戯をくり返した。そこで彼の仕業だということが分った。母は乱れた髪のまんまで、彼を人のいないところへ呼んで、叱ったり歎いたりした。自分の産んだ子供と彼とを分け距てしてはいないだの、彼をも心から可愛く思ってるだの、何が不足で私をいじめるだのと、眼に涙を一杯ためて説ききかせた。聞いてるうちに彼は無性に悲しくなって、母の膝に取縋って泣き出した。それから、膝の上に抱き上げられて、泣きながら見上げた母の顔が、非常にやさしく美しく、神々《こうごう》しくさえも思えた。で彼はまた母の胸に顔を埋めて、震えながら泣き出した。
 それを思い出す気持が、喜代子のことと何の関係があるかは分らなかった。いやそれは、喜代子のことなんかよりも、細君を亡くして多くの子供をかかえながら、未だに後妻を迎えないでいることの方に、より多く関係が深かったかも知れない。がとにかく中野さんは、喜代子の母親を――その当時の赤ん坊を――
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