を見せたことのない喜代子の母は、自分で中野さんの家にやって来て、仕末に困って相談をもちかけた。
「私達もうっかりしていました。ふだんあんなに無邪気そうにしていたものですから、こんなことを仕出かそうとは、夢にも思わなかったのですよ。」
「そりゃあ誰だって……。」と中野さんは答えた。
「一度家に戻って来てくれるといいんですが、家に帰るくらいなら死んでしまうと云うし、その男がまた、私達は生命がけで……だなんて云ってるそうですから、もし無理なことをして万一のことでもあったらと、それも心配になりますしね、どうしたものか困ってしまったのですよ。それかって、このまま放っておくわけにもゆきませんしね。世間の口もうるさいし、もし新聞にでも出るようなことになったら、愈々恥を世間に曝すようなものですし……何かよい工夫はないものでしょうか。」
中野さんはその話を初め聞いた時にも、別段驚きはしなかった。驚かないどころか、何だか夢のようなお伽噺でも聞いてる気がした。それが自分でも一寸不思議な心地だった。そして、黒水晶のような眼の光をまた思い出した。
「じゃあその男と一緒になさったらいいでしょう。」と中野さんは落
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