「殆んどない……。」
「全く不定なんです。詩を書いたり童話を書いたりしていますが、いくらにもなりません。」
「それじゃあ困るな。どこかへ勤めたらよいでしょう。」
「うまく勤められそうにもありません。それで、これから小説を書いてみるつもりです。」
「ほほう、小説なら金になるでしょう。」
「それにしたって、大したことはありません。まあ一生貧乏するつもりです。貧乏は初めから覚悟していて、平気ですから。」
「それでもやはり、困るでしょうがね。……喜代子、お前は平気なのかね。」
「ええ。どうしても食べられなくなったら、あたし女中奉公でも女事務員にでもなるつもりですの。」
「それも今のうちはいいが……。」
子供でも出来たら……と云いかけて、中野さんはそれを呑みこんでしまった。喜代子の顔に真剣な気脈が動いて、それが美しくぱっと輝いたような気がしたのだった。
中野さんは変に腹がたって来た。
「まあ然し、何でも若いうちのことだ。」
そして眼瞼のたるんだ眼をぎろりとさした。
「君は酒はいくらも飲めそうだが、杯の持ち方は酒飲みらしくないね。こんな風に持たなくちゃまずいよ。」
三本の指をそえた人差指
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