にもぐり込んでいた。
 笹部と喜代子とがやって来た時、中野さんはまだ晩酌を続けていた。二人をその席に通さした。
「こんどは大変相すみませんことをお願いしまして……。」
 別に悪びれた風もなくそう云って、笹部は落付いて座に就いた。
 中野さんはもう少し酔が廻りかけていた。女中に何かつまみ物を云いつけて、すぐに笹部へ杯をさした。
「寒いところを御苦労でしたね。まあ一杯やって温ったらどうです。」
 笹部はこの前と同じ手付で杯を受けて、ぐっと一息に干した。それから、よく利かない箸先で小皿のものをつまんだ。
 相変らず大きな手先だ。
 そして中野さんは彼の顔をじろじろ見調べてみた。よく整った顔立ではあったが、やはり全体が醜い感じだった。髯のなさそうな皮膚に艶が褪せていた。
 やはり俺の眼に誤りはない、とそう思う気持が眼付に籠っていった。と共に、笹部は、そして喜代子までが、その視線の下に変に固くなっていった。
 共通に興味ある話題は一つも見付からなかった。中野さんは沈黙の中途でふと思い出したように尋ねた。
「君は一体、収入はどのくらいあるのですか。」
「殆んどありません。」と笹部ははっきり答えた。
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