が、中野さんはひどく不機嫌になった。不機嫌を通り越して苛立たしい気持にまでなった。
「あんな奴が喜代子を……。」
独語しながら、恐ろしい顔付で唇を噛んだ。
十二月にはいって急に寒くなった。十日頃から、降りきれないでいる陰欝な雪空が毎日続いた。
その或る日、中野さんに会社へ電話がかかってきた。笹部という名前を聞いて、中野さんは一寸思い出せなかったが、それと分ると、急いで受話器を耳にあてた。相手は喜代子だった。至急お願いがあるが、今晩伺ってもよいかということだった。よろしいと答えると、電話はすぐに切れた。
中野さんは眉をひそめた。用件の内容が更に見当つかなかった。夕方からぽつりぽつりと、雨交りの綿のようなのが降り初めた。
その中を、喜代子は少し遅く八時半頃やって来た。九月の時よりも、雀斑は少し多くなったように見えたが、寒気に触れた頬の皮膚が澄んで、一層美しく見えた。
「叔父さまに、折入ってお願いがあって、参りましたの。」
その折入ってなどという言葉と、それにつれての物腰とが、中野さんの注意を惹いた。
「何だよ、話してごらん。」
「実はこんなことを、叔父さまにお願いは出来ないん
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