るようだった。いや手全体が長すぎるようでもあった。その手を彼は時々頭の方へあげて、薄い感じのする柔かな長い頭髪をかき上げた。
「若いうちは少しは冒険も面白いよ。まあいろいろなことをやっているうちには、落付くところへ落付くだろうから。」と中野さんは云った。
「いいえそんな……。」と云いかけて笹部はひどく真面目な顔付をした。「真剣な途を進んでるつもりでおります。」
「それもいい。」そして中野さんは話を外らした。「喜代子、お前から海の方へ手紙を貰ってね、返事を上げようとすると、処番地が書いてないだろう。なるほどなと思ったね。」
「なるほどって……どうして。」
「どうしてでもないが……やはり、なるほどさ……。」
そこで中野さんは行詰ってしまった。
風のない静かな午後が、いやに蒸し暑かった。蝉の声まで聞えていた。
「今日はゆっくりしていっていいだろう。何か御馳走をしよう。」
「いいえ、またゆっくり頂きますわ。」と喜代子は云った。
それでも、二人はなかなか座を立とうとはしなかった。共通の話題は何にもないし、仕方なしに中野さんは、海のことを話しだした。地引網のこと、魚のこと、漁夫達のこと、子供
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