お目にかかってからくわしく申し上げます。今は何も書けませんから、これきりにいたします。
御身体御大切になさいますよう祈り上げております。
[#ここで字下げ終わり]
   御叔父上さま[#地から2字上げ]喜代子

 中野さんには、初め手紙の内容がはっきり分らなかったが、二度くり返して読んでゆくうちに、うっとりとした微笑が頬に浮んできた。
 それから中野さんは、手紙を片手に持って、片手で薄い赤髭をひねりながら、静子達がいる室の方へ行ってみた。所が、静子の鼻の低い平ったい顔を見ると、我に返ったように手紙を後ろに隠した。
「寝転んでばかりいないで、少し海へでも行ってきたらどうだ。」
「さっき行ったばかりですもの。……あら、お父さま、どうかなすったの。」
「ふーむ……。」
 中野さんは尤もらしく小首を傾《かし》げて、それから、自分の室へ戻って来た。
 遠く波の音が響いていて、外はぎらぎらした日の光だった。
 中野さんはもう一度手紙を読み返して、返事を書いてやろうかと考えた。然しその文句が一つも頭に浮ばなかった。ふと気がついて手紙を調べてみると、喜代子の住所は書いてなかった。
「なるほど……。」

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