と申します。……いいお生れの方でお仕合せでございます。」
 そういう巡礼の人々が語ってゆく話は、遠い生れぬ先に聞いたように思われる話ばかりだった。彼女等の鈴の音が、閑寂な村の木立の間に消えてゆくのを聞いていると、彼は自分の母親の膝に縋りつきたいような気持になるのであった。
 幼い頃、春になるとよく彼は紙凧を揚げた。時々は村の百姓達に叱られながら、紫雲華[#「紫雲華」はママ]の咲いた畑の上に蹲って、自分の紙凧を向うの連山の高さと競ったものだった。その平野を限っている向うの一連の山脈は、然し秋になると、妙に彼の心を引きつけた。その山の頂がこの大地の境界で、その向うは底なき絶壁になっていて、その向うに恐ろしいもの、地獄とか極楽とかいう覗いたら目が廻りそうなものが、あるような想像をしていた。そしてそれは、ただ漠たる幼い幻想とまた祖母の寝物語りとから、いつのまにか出来上ったものらしかった。その気持ちが、今また、巡礼者等の鈴の音が消えてゆくのをきき乍らぼんやり眼を向うの山の頂にやっている今、彼の心に蘇って来た。
 で彼は何の気もなしにそのことを母に話してみた。
 すると母は何とも答えないで、彼の顔をじっと眺めた。その眼は如何にも、彼を産んでくれた母の眼だった。彼に乳房を含ましてくれた母の眼だった。
「そんなことが本当にあったらねえ。」と暫くして母は云った。そしてその言葉で、二人の心は一つに融けて、秋の高い大空のうちに吸い込まれていった。
 夕方から晩になると、田舎の村落は恐ろしいほど静まり返った。ランプの火の燃ゆる面がかすかに聞き取られた。そして彼と母とは、よく縁側で月を眺めながらも、虫の音に促さるるようにして、一人の小さい下女に戸締りをさして床に就いた。
 朝は早く起きた。それでももう朝日の光りは朝靄を通して、露の玉を葉末にきらきらと輝かしていた。遠くから、鶏の啼く声がしたり、野に出る馬の嘶く声が聞えたりした。男等は皆稲の取り入れに出かけていた。そして朝の用事をすまして後から出かける女達が、彼の家の前を通って行った。清らかな空気が野の上を渡って来て、村落の上に靉いている朝靄と替炊の煙とを吹き流した。
 父の死後、田畑は皆小作に入れていたが、それでも広い屋敷の裏の方に、彼等は野菜畑を持っていた。種々な野菜の他に里芋や薩摩芋まで作っていた。それは母と彼とのいい運動だった。朝露の乾
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