…けだかいとも云えるような……高慢さで、室の中をぐるりと見廻して、坪井の方へ向いた。
「送って下さる?」
 坪井は黙って立上った。頭を垂れ、眼を伏せて、彼女のあとについて外に出た。
 淡い光が街路の上に流れていて、自動車の黒塗りの箱が、余りに目近に大きく聳えていた。その影で、坪井は手を差出した。
「ここで、失礼します。」
 彼は郁子の手を握りしめて、眼を地面におとしていた。郁子は立止って待った。運転手はあわてて飛びおりてきて、扉を開いた。
 自動車が走り去ったあと、坪井は暫く棒のようにつっ立っていたが、それから家の中にかけこんだ。
「岡部君……。」と彼は叫んだ。お幾が訝怪そうに彼を見ていた。「すぐ、岡部をよんで下さい。」
 岡部がおりてきた時、坪井は煙草をすいながら歩いていた。梟を思わせる眼が殊に大きく見開かれていた。
「岡部君……よく分った。」と彼は天井の片隅の方を見ながら云った。「こんなところで逢っちゃいけないという意味はよく分った。こんなところで……。」ひどく皮肉な調子だった。「それで、もう帰ってもらった。君も、用が済んだわけだから、行ったらどうだい。あっちで、君に用があるかもし
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