京路の各百貨店の娯楽場も同じく俗悪に思えるだろう。そして周囲は、精神的に一種の感覚遅鈍な大衆の群れである。斯くて彼等の胸には、文化的「孤島」上海の感が響いて来るに違いない。
 ただ、上海では料理や酒はうまい。北京、四川、広東、杭州、蘇州、楊州、南京、其他、本場の第一流のものに劣らぬ料理があるし、鍋のなかに煙筒を立てる回教料理もあるし、フランスやイタリアの本式な料理もあれば、日本のテンプラやスキヤキの上等もある。日本酒や洋酒は質が劣ってきたが、紹興本場の美事な老酒は豊富にある。ただそれらも、一時の旅客の財布がこれをもちこたえ得るだけで、上海インテリの小さな財布ではなかなか対抗し難い。店頭にぶら下っている家鴨や豚の内臓などでも、日常の用にはなし難い。金を得んがためにも、賭博場にはなかなかはいりかねるし、土曜日曜の草競馬や、カニドロームや、ハイアライや、ビンゴーや、詩文会などでも、賭ければ損をするにきまっている。それにまた、多欲的生活はもう禁物である。それに対抗するだけの精神力は充分に出来ている。婦人達でさえも、「慈倹婦女」のグループなどは、新生活運動に乗り出しているのだ。
 ただ「孤島」に
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