が上海にやって来た。私達三人は三木君を拉して、南京料理屋へ赴き、六十二年の老酒の杯を挙げ、私はなお足りずに、そこの老酒をしたたか飲み、随分と酔ってしまった。上海の未知の友には逢えなかったが、日本の友に会したのが嬉しかったのである。
 茲に私事をつけ加えれば、私達三人というのは、上海行を共にした加藤武雄君と谷川徹三君と筆者とのことである。谷川君は各種の調査や骨董あさりに疲れながら、上海の騒音が睡眠の妨害をなすことに不平ばかり云っており、加藤君は唐詩選の中などの愛詩を口ずさみながら、目覚むるばかりの美人に逢えない不運をかこっており、私はただ何にも分らず老酒に酔ってばかりいて、両君に迷惑をかけはしなかったかを今では恐れるのである……とこう書いてしまえば、三人とも甚だ怪しからぬ者のようにも聞えるだろうが、これはただ愛嬌で、実は相当に働きもしたのである。
 そこで、この一文を上海の渋面とする所以は、上海の各方面を大急ぎで駈け廻って、さてそれで上海の顔貌を組立ててみると、そこに一種の渋面が出来上るからである。その渋面のなかにぽつりと、印度人警官の姿が浮んでくる。黒い長髭にかこまれ、頭にターバンを巻
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