て、すぐに出て行きました。そのあと一層ひっそりとしました。秋の夜風が軽く然し冷かに、駅内を通りぬけてゆきました。
時間が、一分一秒はひどく緩かに、全体としては思いのほか速く、過ぎてゆきました。八時すぎの上り列車はもう通過してしまいました。
明朝……ということが、たいへん遠い夢のようでありました。
八重子は腰掛の上に身動きもせず、繻子のコートにくるまって、眼をつぶり、眩いに似た感じに浸りました。
下りの列車が通りました。八重子はただ薄眼をあけてみただけでした。数名の人が降りていったようでした。
八重子はまた眼をつぶりました。
軽く、桐の吾妻下駄らしい音が、八重子の前に止りました。
「あの……失礼ではございますが……。」
まっ黒な七分身のコートに、細そりと背高い体をつつんで、肩から垂らした臙脂色のショールの端にハンドバッグを持ち添えた、丸顔の若い女が、小首を傾げていました。
「部隊から、面会のお帰りではございませんでしょうか。」
あたりを憚るような低い声でした。
八重子は顔を挙げました。ひたと見つめてる大きな眼付にぶつかりました。その大きな眼付の無表情とも言えるぶしつけな
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