八重子は知りました。
ただ、彼女はしんみりと、こんなことを言いました。
「あたくし、過去に、いろいろと、人様に御迷惑をかけたこともございます。それから、自分で、胸の晴れないこともございます。そういうことのために……いいえ、ただ退屈すぎるのでございましょうか、部隊に面会に来られました方で、お困りなさっている方を見受けますと、時たま、泊めてあげたくなりますの。」
そして彼女は暫く口を噤みましたが、俄に、頬をちょっと赤らめました。
「ほんとに、こんなところへ御案内しまして、却って、御迷惑でございましたでしょう。許して頂けますでしょうか。」
彼女は微笑しました。八重子は、感謝の言葉を洩らしかけて、涙ぐみました。
なにか、垣根が取れた気持で、八重子は彼女の名前を尋ねましたが、彼女は笑って、教えませんでした。八重子は自分の小さな名刺を[#「名刺を」は底本では「名剌を」]差出しました。
佐伯八重子……その名前と処番地とを、女主人は、ふしぎなほど注意深く眺めていました。それからまたふしぎに、前よりは一層言葉少なになりました。
八重子はなにがしかの金を紙に包みかけましたが、さもしい気がしてや
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