中々執心らしいんだ。」
「なにあのお主婦さん古狸だから何をいうか分りゃあしないよ。それに年季に上げたらお給金は貰えないしさ、手斧《ちょうな》を使うようになって怪我でもしてごらんな、うちで黙って見てもおれないじゃないかね。も少ししたら私はどっかの店に小僧にでもやったらと思ってるんだよ。うちにも堅吉が居るんだし、あれの方を学校がすんだら年季に上げたいんだよ。」
「それもいいだろう。」
「お前さんはいつもそれだからいけないんだよ。いつもどうでもいいだろうと来るんだものね。お前さんがしっかりしてくれなくちゃ困るじゃないか。どうしてそう愚図《ぐず》なんだろうね。お酒ばかり喰《くら》ってさ……。」
 裏口に身を寄せてきいていた庄吉は、そこでそっと足音を盗んで表に出た。外にはまだ暮れ悩んだ薄明るみが湛《たた》えていて、空には淋しい星が一つ二つ輝いていた。
 庄吉は暫くの間通りを歩き廻った。小さな家の立ち並んだ狭い裏通りには、一日の労苦を終えた人々の安らかな家庭の団欒《だんらん》の気がこもっていた。その中で庄吉は広い社会のうちにぽつりと置かれた自分の小さな運命を漠然と心に浮べたりした。
 庄吉は淋しい
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