った。彼は夢を見てるような心地でぽかんと立っていた。
 何時のまにか彼のまわりに大勢の人が集った。皆が遠くから彼をとりまいてじろじろとその姿を眺めた。それに気がつくと、彼は急にわあっと大きい声を立てて泣き出した。
「どうしたんだ?」と誰かが云った。
 誰もそれに答える者はなかった。小さい囁きが人々の間に交わされた。
「何だ? 何だ?」と云って職人体の人が中に入って来た。「どうしたんだ?」
 その男は何の答えもないので、ぐるりと群集を見廻した。それから庄吉の側に寄っていった。
「どうしたんだい。」
 庄吉は何とも答えなかった。
「泣いていたって分らないじゃねえか。ほんとに仕様がねえなあ。……一体お前の家は何処だい。」
「白山。」と庄吉は低い声で答えた。
「白山だって、なに遠かあないじゃねえか。どうしてこんな所に立ってるんだい。帰りな。さあ早く帰りなったら。」
 庄吉は泣き声を止めたが、それでもじっと立ったまま動かなかった。
「ほんとに仕様がねえなあ。」とその男は云ったままじっと庄吉の姿を眺めた。
「大方泥ちゃんでもやって追ん出されたんだろうよ。」と何処かの主婦《かみ》さんが云った。
 そ
前へ 次へ
全30ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング