物影に潜めることもいつしか彼に或る不思議な喜びを与えるようになっていた。
そうした庄吉の姿を見出すと、みよ[#「みよ」に傍点]ちゃんはいつも急いで逃げて行った。
彼女が逃げてゆくと、庄吉は急に我に返ったような気持ちを覚えた。自分の身体を潜める神秘な楽しみが急に何処《どこ》かに消散してしまって、みよ[#「みよ」に傍点]ちゃんが逃げてしまった後の淋しい気持ちが彼に明かに感じられて来た。
然し彼はまた、いつか小父さん夫婦の話を立聞した頃から、次第に立聞きの癖がついた。大留《だいとめ》の仕事場でも、どうかすると彼は物影から人の話や素振りに注意するようになった。物事の裏面が彼の心を不思議に誘惑した。そして彼は自ら知らないで、其処に自分の小さな運命を朧ろげに見守っていた。彼は一種の不安な恐ろしさと或る神秘な喜びとを心に感じた。
その年夏に入ると殆んど毎日のように雨が続いた。そして秋に入っても雨は止まなかった。たまに二三日晴天があるかと思うと、それも多くは半日は曇天かなんかであった。
この雨のために方々で非常な打撃を蒙った。大留の方もその数に洩れなかった。戸外の仕事は殆んど出来なかったから
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