ら洩れた。
庄吉はいつしかそれらの言葉の意味を覚えてしまった。
「おい庄吉、」と小僧の惣吉は呼びかけた。「お前の小父《おじ》さんの妹はお女郎だそうだい。親方がちょいちょい寄ることがあるんだとよ。」
そういって彼は妙な薄ら笑いをした。
然し庄吉はまた、大留の遊びを余り深入りさせないために惣吉は内々お主婦《かみ》さんから大留につけられているのだ、ということをも知っていた。
そのお女郎という金次郎の妹が一度家に帰って来たことがあった、大きい髷に結って白く鉛白をつけ、柔いものを着て草履をはいていた。庄吉が大留の仕事場から帰った時は、もう皆で酒を飲んでいた。そしてその晩は金さんも飲めるだけ酒を飲ませられた。庄吉は唇に杯を持ってゆくその女の少し下品な険のある横顔を眺めていた。
「お前さん大変|怜悧《りこう》だってね。」と彼女は庄吉の方を向いて云った。
「なにね、悪いことばかりに賢こくて始末に終えないのさ。」と小母《おば》さんは遠慮もなく云ってのけた。
「それはね子供のうちはどうせ悪戯《いたずら》ばかりしたがるもんですよ。でも屹度いい大工になるでしょうよ。棟梁もそう云っていましたよ。」
「あらお前さん棟梁に逢ったの?」と小母さんは不思議そうに眼を丸くした。
「いえね。」と云って彼女は一寸言葉を切ったが、「こないだ一寸お寄りなしたから。」
「あそこへかい。」
「ええそうよ。」
小母《おば》さんはじっと彼女の顔を窺っていたが、それから金さんの方をじろりと見た。
「俺も少しお前の処へ遊びに行くかな。」と金さんは云った。「まさか振るようなこともあるまいね。」
「あらいやだね、兄さんは。」と云って彼女は蓮っぱな笑いを洩らした。
金さんはもうすっかり酔っていた。そしていつしか畳の上にごろりと横になって鼾をかき出した。
「これだから困るのよ。」
「そうね。」と彼女も云った。
それから小母さんは、金さんが酒ばかり飲んで困ることや、家の中の経済の困難なことなどをくどくどと彼女に訴えていた。然し造兵の女のことや庄吉の未来のことなどに就いては一言も云わなかった。
その晩庄吉は、表の四畳半にその妹さんと床を並べてねたのが一番嬉しかった。
「お前さん寝坊だってね。あたしもそうなんだよ。あした遅くまで寝坊くらべをしようね」
と彼女は床の中で云った。
然しその翌朝庄吉は常よりも早く起き上って
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