響に、車内の電燈の光が少し薄らいで、茫とした盲いた明るみになった途端、彼女は俄に顔を挙げて、私の方に眼を据えた。変に空虚な眼付だった。その底にあるものが、温情であるか或は敵意であるか、私は一寸見定めかねて、知らず識らず眼を外らした。そして隧道を出てしまってから、私はまた彼女の方へ眼をやった。彼女はまだ私の方を見ていた。びくともしない高飛車な眼付だった。私はその底に、みさ子の怒った時の眼の光を見て取った。軽蔑的な無関心さに包まれてる鋭い眸だった。先程から私がしきりに眺めていたことを、彼女は知ってるに違いなかった。別に他意あって眺めたわけではないけれど、それでも私は少してれてきた。窓の方を向いて、遠く闇の中に走ってゆく点々とした灯を、ぼんやり見送った。けれど頭の中には、みさ子の顔立がはっきり浮彫になされていた。
 程ヶ谷を過ぎた時、私はまた彼女の方へ眼をやった。その瞬間に、彼女の眼がまた私の方へ向いて、私の視線を押し返した。私は眼を伏せた。すると、ぶ厚いフェルトの草履にのっかってる彼女の足先に、丁度私の眼は落ちた。一分のすきもなく白足袋にきっかりはまって、長そうな指先の※[#判読不可、15
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング