今でもその方面の話柄に残っていた。――彼女の口元から※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]も、みさ子に丁度ふさわしかった。心持ちしゃくれながら長めに尖ってる※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]と、きっと結んだ冷たそうな唇とに、何かしら堅固な意志表示が見えていた。少し皺のある歪みがあるその唇は、歯並の悪さを想像させた。みさ子は或る時恋人の大学生と郊外散歩に行き、子供らしくはしゃぎ出して、歩きながら林檎を皮のまま噛った。噛り取った林檎に、凸凹の小さな前歯の跡がついた、まではよかったが、林檎の皮が歯の間に方々はさまって、恋人の持ってるマッチの棒を楊枝に使っても、どうしても取りきれないで、長く不快な気持を味わされたのだった。――彼女の襟元には、すぐ眼につく大きな黒子《ほくろ》があった。それは私もまだ、みさ子に想像していないことだったが、みさ子にくっつけても非常によく似合いそうだった。
 この黒子という新発見に、私は一寸嬉しくなって微笑みながら、水色の襦袢の襟からそれが覗き出してるのを、いつまでも眺めていた。そのうちに、汽車は戸塚と程ヶ谷との間の隧道にはいった。耳鳴りがするような大きな
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