た。その正面の顔立を見て、私は一寸息をこらした。みさ子そっくりだったのである。
 房々とした髪の影を落してる彼女の額は、心持ち狭くて淋しみを湛えていた。白々としたその皮膚が、余り広くない知識を思わせた。理解しようとすまいと、そんなことに頓着なく、一種の皮肉と憂鬱とで、何かしら自分にも分らない要求から、翻訳小説を読み耽ってる、みさ子の額、小さな活字の上に屈めた額、そのままだった。――ずっと一筆で刷いたようにくっきりとして、細長く消えてる淋しい彼女の眉が、みさ子の眉に丁度ふさわしかった。未来の劇作家を以て自任してる或る大学生と、みさ子は恋をしていたが、余り長続きしそうもないその恋を思わせる眉だった。――彼女の眼は、妙に見透せない影に包まれて、その底に何か冷たいものを含んでいた。脹らみのない薄い眼瞼、長い睫毛、小さな黒目、そして眼尻にあるかないかのかすかな凹み。私はその伏せられてる眼をじっと窺って、一寸みさ子からはぐらかされた気持になった。みさ子はもっと露わな眼付を持ってる筈だった。然し今に彼女の眼が挙げられて、私の方を向いたら、或はみさ子の眼になるかも知れない……などと考えて、私は彼女の視
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