白の男、三人の海軍士官、それだけが全部の乗客で、飛び飛びに腰掛けながら、ひそひそと話しているのもあれば、退屈げに窓の外の闇を透し見てるのもあれば、夕刊を拡げてるのもあったが、多くは窓にもたれてうとうとと居睡っていた。そして誰も私の方へ注意してる者はいないらしかった。車室内の空気までが静かでぼんやりしていた。で私は安心して、斜向うの彼女をじっと見調べてやった。
彼女は見た所、二十七八歳くらいらしかった。それが一寸困った。みさ子は二十一二歳でなければいけなかった。けれど、年齢の差くらいはどうにでもなる、と私は思い返した。硬ばった額の皮膚を、毳《むくげ》のありそうな柔かい薄い皮膚に代え、眼の奥の潤みを多くし、唇の肉付を薄め、指の節をまるめ、爪の生え際の深みを浅くし、首筋の肉をぼやぼやとさせれば、それで若やぐのだったから。
そんなことを考えてるうちに、汽車はもう進行しだしていた。彼女は向き直って、控え目な視線でちらと車室の中を刷いて[#「刷いて」はママ]、それからぼんやり、膝の小型な金縁の書物に眼を落しながら、いい加減に読んでいる――というよりも寧ろ、取り留めもない夢想に耽っているらしかっ
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