で、私は窓の方にまた顔を外向けて、眼をつぶった。みさ子の立像がはっきり頭の中に出来上っていた。大理石に刻まれたように、揺ぎのない正確な形体を具えていた。私はそれに向って心で微笑みかけながら、いつしかうとうととしかけた。汽車の速力は前よりもずっと早くなった。闇の中を疾駆する明るい車室の中が、夢の世界のようにやさしく快かった。私はうっとりとした眼を半ば開きながら、彼女の方を親しげに而も無関心にうち眺めては、またその眼を閉じて、頭の中のみさ子に微笑みかけた。そんなことを何度もくり返してるうちに、本当に眠ってしまった。
 ざわざわする物音にふと眼を覚すと、汽車は停っていた。もう東京駅に着いたのかと思って、半ば腰を上げた時、それは新橋駅であることを知った。と同時に、彼女からじっと見られてるのを感じた。私は一寸狼狽した気持になって、浮した腰を下しながら、てれ隠しに煙草を吸った。他の乗客はみな降りてしまって、車室には私と彼女と二人きりだった。汽車が動き出した時には、私は半ば夢の中にいるような呆けた気持だった。
 彼女は真正面を向いて、もう書物もしまい、両手を膝に重ねながら、じっと身動きもしないでいた
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