。その視線が、私のすぐ側の窓から外へつきぬけてるのを、私ははっきり感じた。そして私はまじまじと彼女の顔を見つめた。みさ子が六七歳年を重ねて、其処に坐ってるのだった。「みさ子さん」と私が云ったら、彼女は眼尻のかすかな凹みに微笑の影を浮べて、「え、なあに?」と答えながら、私の方へ親しい眼を向けそうだった。そしたら私は、「随分早く年を取りましたね、」と云ってやったであろう。
それは実に変梃な気持だった。彼女の方を――みさ子の方を――見ては悪いような、また見ないで澄してるのも本意ないような、どうしていいか分らない気持だった。彼女はやはりじっと正面の窓から、夜の都会の上を眺めていた。
東京駅に着いても、私はまだぼんやり腰を下していた。が彼女はすぐに立上って、棚の上の手提と革の紐のついた日傘とを取った。私もその真似をして、帽子とステッキとを取った。彼女はちらと私の方へ視線を投げて出て行った。私は変に置きざりにされた気持で、一寸間を置いてから歩廊に出た。彼女が草履ばきのすらりとした足で、出口の方へつつーと歩いてゆくのが見えた。私はその後姿へ向って、「さようなら、みさ子さん!」と心で呼びかけておい
前へ
次へ
全17ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング