に答えているのかしら。二人は結婚するつもりかしら。手塚さんの病気が故障となってるのかしら。そんなことを、私は考えてみたくないのだ。首縊りのキス、あれだけでもうたくさん。二人の間には肉体の関係まであることを、私はぼんやり知っているが、それも首縊りの必死のキス同然、グロテスクなものに違いない。真の恋愛の清らかさや香り高さは、どこにもあるまい。なぜなら、はじめから手塚さんは童貞でなかったし、姉さんは処女でなかった。
 私は処女なのだ。ヴァージニティーの矜りを持っているのだ。

 あの前の日も、ばかなことがあった。
 私が勤めているのは、或る出版社で、おもに私は校正をやっている。たいていの人は校正の仕事を厭うのだが、私は好きだ。印刷されてる文字を一つ一つ辿って、誤字を直してゆくのは、のんびりしていてよい。文字にはそれぞれ表情があって、怒ったり悲しんだり笑ったりしている。思ったほど単調な仕事じゃない。その代り、私の校正は甚だゆっくりだし、きたない原稿と照合することを怠って、意味さえ通ずれば一句ぐらい落すことも平気だから、編輯の人からよく叱られる。のろまで無能だということになっている。
 そののろ
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