になった。言われるまま、室の隅っこに上りこんだ。
「ね、似てるだろう。」と先生はお友達に言う。
「誰にだい。」
「さあ、名前は忘れたが、やはり雑誌社のひとだ。なんといったかな……。」
 先生は眉根を寄せて考えこみ、それからまた酒を飲みだした。私は雑誌の原稿のことを繰り返し頼んだ。
「明後日の朝までに頂きませんと、たいへん困りますの。もう締切りもすぎておりますから……。」
 少しはかけねがあるのだ。先生はそれは知ってるらしい。
「よろしい。明後日の朝までには、きっと書くよ。だが、君のところは……。」
 先生は私の名刺[#「名刺」は底本では「名剌」]に眼を落しながら、はたと言葉を切って、私の顔をじっと見つめた。余り長く見つめられ、私は固くなって、顔を伏せた。先生はまだ見つめている。それからふいに笑いだした。
「なあんだ。君か。道理で似てる筈だ。本人じゃないか。」
 何のエピソードかと、お友達が尋ねると、先生はまた笑って、このひとは小杉喜久子に似てると思ったが、その小杉喜久子がこのひとだったと、ばかなことを言う。それも本気で、少しの衒いもないのだから、いっそうばかばかしい。
「よく似てると思
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