「やあ……。」眼にちらと、微笑の閃めきがよぎった。「ゆっくりしていってくれ給え。」
 それだけで、彼はもう次の人へ眼を向けていた。
 杉本はその後姿を見送った。最初の挨拶の時は兎も角、こんどは何か……。と思っていたのが、「ゆっくり議論を闘わしてみたい、」どころか、まるで違っていた。肩の少しこけた、肉附はよいが小柄に見える、なみの老人にすぎないが……。
 田代芳輔の姿が奥に引込むと、元気な一団の中から、声が起った。
「さあ、これからが吾々の世界だ。」
 大きな西瓜が一つ、宙に投り上げられた。
「早いぞ、西瓜は。」
「まあ見てろよ。」
 先の尖った大きな三角ナイフを取って、ずぶりと二つに割って、中身をえぐって、ウイスキーを注いだ。
「こいつ、うまいことをしてやがる。」
 四方から、大匙でしゃくい取られて、西瓜の一つは見るまに皮になった。
 杉本も、いつか、そういう仲間に引入れられていた。が、多くは黙って飲食するだけで……。手入の届いた頭髪、口髭、ネクタイピン、勲章、胸のポケットから覗いてるハンカチ、折目の正しいズボン、とも糸の縫紋の羽織、軍服、絽の袴……そういうものの中にあって、彼の皺の
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