この人にとっては、酒の肴になるだけのことだ。俺がこうして、御機嫌をとってるそのことが、俺の精神にどれだけの犠牲を要求するか。俺が貰った学費が、この人の富に、どれだけの犠牲を要求したか。両者のパーセンテージは……。恩義は、与える方では、与えることの享楽で償われ、受ける方では、受けることの感謝で払われてる筈だ。……この人は俺に、学費を与えることによって、奴隷根性を押付けるつもりではなかった筈だ……。
生活の距りが大きくて、話の接穂がないだけに、杉本は、そんなことを考えるのである。田代さんに、自慢話をするだけの老いこんだ自惚か、杉本に、気焔をあげるだけの軽薄な自信か、それが少しでもあったならば、その場は救われるのであろうが、生憎……。
だが、床柱を背に、後輩の代議士や実業家に囲まれてる田代さんも、やはり、杉本を晩酌の相手にしてる時と同じように、話頭の及ばない高みにあって、にこにこしながら、うまそうに酒を飲んでるのである……。
旋風の中の、そこだけ静かな、中心点……。この人は今に何かやるな……とそう杉本も思うのである。――
杉本は顔を挙げた。田代芳輔が通りかかっていた。杉本は立上った。
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