こちらも、論鋒を研いておきますよ、ははは……。」
 有吉はも一度室の中を見廻して、悠揚たる様子で帰っていった。
 杉本は、立ったまま、灰皿に堆くつもった煙草の吸殼を眺めた。それから、窓際に腰を掛けた。
「スパイめ!」
 だが、変に憂欝に、膝頭に両肱をつき、両手に※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]をもたして、考えこんだ……。
 長くたってから、彼は顔を挙げて、室の中を見廻した。有吉の来訪が、不思議なものを齎して、彼は自分の住居を、初めて見るように眺めたのである。
 向うの隅の、英子の小さな机、婦人雑誌、鳥の羽をさした筆立、電燈の笠にかかってる、凉しい色どりのリリアンの編物……。更に、奥の室との仕切が払われて、そこに、大きな鏡台、無数という感じの雑多な化粧壜、化粧刷毛、バスケット、派手な衣類が取散らされてる、仰向けの甲李の蓋……。
 あの晩、夜更けに、彼女は破れるように扉を叩いて、彼のところへ飛込んできた。
「あたし、あたしだって……意趣返しをしてやる。」
 視線を空《くう》に据え、下眼瞼と黒目の縁と、二つの円弧の間の、純白な一線から、大粒の涙を、ぼろぼろとこぼした。それから突然、
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