になってきたんですから、影で、感謝しています。僕が、個人的に感謝していいのは、世の中に、あの人一人くらいなものです。」
云いすぎたかな……という気持で、杉本は相手の顔色を窺った。が有吉は、何か別なことを考えてるらしく、煙草を吹かしながら、窓から夜の空を眺めていた。やがて、その眼を手首の時計に落しながら、ふいに云った。
「君のそういう気持が確かなら、こんど、田代さんのところに来ませんか。」
「…………」
杉本は、自分の皮肉な言葉が、逆の効果を持ったらしいのを感じた。
「実は、来月、十月の一日に、暑気のため一月くり延して、震災の思い出……といったような主旨で、内輪の者だけが集る筈です。毎年やってきたので……君も知ってるでしょう。……昨年は、君はたしかに来なかったが……今年は是非出たらどうです。」
杉本は、奥深く、眼を光らした。
「昨年も……一昨年も……通知が来なかったものですから……。」
「手落だな。今年は僕が通知を出す筈だから……。」
「出席しましょう。」
その後の沈黙に、何かしら敵意らしいものが感ぜられた。有吉は俄に坐り直した。
「長くお邪魔してしまった……。ではその時までに、
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