愛でも、無抵抗主義でもない。彼の偉大な個性だ。
 その個性は、結局、個人主義の行きづまりである。彼は個人として、凡てのものにぶつかっていった。信仰が人を生かすものかどうか、神が正しいものかどうか、そんなことに、個人的批判を下そうとした。人間は如何にあるべきものか。そういう問題を、個人的に解決しようとした。それは、云わば、自然そのものに対する巨人の争闘だ。その争闘に、あくまで突進したところが、彼の偉大な点だ。然し、そんな方法では、愛も、神も、見出せるものではない。益々影が薄らぐばかりだ……。
 杉本はいつになく熱心に、自説を主張し続けた。それに、小林は注意深く耳を傾けていた。奇矯にわたる説に出逢っても、驚きもせず、腹も立てず、神妙に聴いているのである。
 そしてこの、短く刈りこみ、日焼けの額に老けた筋が通り、善良な眼付と口付……骨格は頑丈だが、栄養が不良らしい肉附の、若いトルストイヤンと、茫漠たる風采の杉本との対話……その傍で、それには一言も口を出さず、強いて理解しようともしないで、英子は、しきりにリリアンを編んでいた。
 赤や黄や紫や白や桃色の、艶やかな絹糸が、サファイアの指輪をはめた
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